お墓が整然と並ぶ墓地。
1995年、阪神淡路大震災の年に父親を亡くしてからもう10年以上が経ってしまった。
身内が亡くなってから、墓地というものに「恐い」という概念がなくなってしまった。
考えてみれば、なぜ私たちは、この御影石の石柱を恐いと思うのだろうか?
御影石を良く見るのは、大手デパートの階段の壁面に使われているのが大部分だろう。
だがデパ地下に降りるのに階段を使うとき、恐いと思ったことはない。

これは墓石というものに象徴される「想い」というものに怨念を感じるのだと思う。
実際にお墓参りに来る身になってみれば、幽霊でもいいから本人に会ってみたいというのが
私の本音なのだが、同時にゆっくり休んでいて欲しいという想いもあり、心境は複雑だ。
墓地、そこはネガティブな感情がただよっている場所である事は間違いない。

墓地の通路から奥を見る。普通に明るい昼間なのに、ある種の空虚さがただようのは、なぜなのだろうか…。


差分夜。月の大きさが尋常ではない。


墓石を正面から見る。
墓石に文字を入れる場合(例えば○×家など)は、南無阿弥陀仏と書いてある石柱の下の墓石に横書きで入れてください。


差分お墓参り。


差分夜。